SaaS (サービスとしてのソフトウェア) ビジネスの経理業務に携わったことのある方なら誰でも、SaaS 会計は通常の会計とは大幅に違う、と口をそろえて言うことでしょう。SaaS 会計におけるマクロ的な関心事や目標は、法令遵守の徹底、正確な報告書の作成、効率性の最大化など、他の業界におけるそうした関心事や目標と似通っているかもしれません。しかし、SaaS 会計チームが直面する課題と障壁は独特のものです。
そのため、決済、請求、売上の管理を統合できる、より包括的なアプローチを採用する SaaS 企業が増えています。顧客体験の向上、ビジネスのグローバルな拡大、そして経常収益の増加のために、SaaS 企業が会計のことを、ある 1 つのまとまった販売・請求戦略の一側面とみなすのは、理にかなっています。
こうした目標を念頭に置いて、以下では、SaaS 事業者がこの業界の会計について知っておくべきこと、このような関心事の枠組みとしての基準、さらに、会計対応を成功させるために活用できる手法と戦略をご紹介します。
この記事の内容
- SaaS 会計とは
- SaaS 会計が重要である理由
- SaaS ビジネスの会計手法
- SaaS ビジネスの会計基準
- SaaS 会計の主要業績評価指標 (KPI) と計算書
- SaaS 会計の課題
- SaaS ビジネスの収益認識
SaaS 会計とは
SaaS 会計とは、SaaS ビジネスの財務データ、情報、レポートを記録、分析し、解釈することを指します。このようなビジネスでは通常、クラウドベースのSaaS 会計ソフトウェアを使用してプロセス全体を管理します。このタイプの会計では、SaaS 企業が運用するサブスクリプションと経常収益型のビジネスモデルが考慮されるため、財務諸表が SaaS ビジネス特有のものとなります。
SaaS ビジネスでは、サブスクリプションとセットアップ料金に、その予備ライセンス、実装、カスタマイズ、および保守やサポートの費用なども組み込まれます。一般に、これらは 1 回限りの料金であるため、SaaS 製品の利用者が多くなるほど、その製品は成功したことになります。
以下は、SaaS 企業の会計の特徴です。
- 約 70% ~ 85% という健全な売上総利益率
- 継続支払いに起因する複雑なキャッシュフロー
- 主に製品のホスティング、マーケティング、販売、顧客サポートで構成される低い COGS (売上原価)
SaaS 会計が重要である理由
SaaS ビジネスの運営には特有の要件と課題があり、このようなビジネスに伴う財務上の複雑さもまた特有のものです。SaaS ビジネスを支えるサブスクリプションの場合、財務専門家が従来の会計規則、税金、コミッション、契約を業務に適用すると、複雑なものになります。そのため、財務チームが、予測と報告を完全に正確なものにし、管轄区域の適切な税規則と法律に準拠させるよう徹底することが重要です。
SaaS ビジネスの会計手法
SaaS 企業にとって、会計手法には、主に現金主義と発生主義という 2 つの選択肢があります。
現金主義会計では、売上と費用は未払金の授受があった場合にのみ計上されるため、買掛金や売掛金は発生しません。この手法は一般に、低い在庫水準で運営している事業者や、従来型の料金体系モデルを採用している事業者で使われており、発生主義会計よりもシンプルで使いやすいものとなっています。しかし、サブスクリプションのビジネスモデルを採用している SaaS 企業には向いていません。
発生主義会計を採用している事業者は、入金があった時点や支出が実際になされた時点ではなく、売上や支出が取引として発生した時点、すなわち将来的に確定した時点でそれを計上します。発生主義会計は現金主義会計よりも複雑ですが、この手法は、特にスタートアップや急成長中の SaaS 企業にとって、予測と計画を容易なものにしてくれます。また、この手法の採用が必須となる場合もあります。常に最低でも2,700 万ドルの総収入がある事業者に対して、IRS は発生主義の採用を義務付けています。
SaaS ビジネスの会計基準
財務会計基準審議会 (FASB) は、一般に公正妥当と認められる会計原則 (GAAP) として知られる会計基準を策定し、規則として定めています。この基準に従うことで、SaaS ビジネスの財務を、可能な限り最も透明性の高い方法で分析できます。この原則に従わない場合、正しくない分析や予測につながり、ビジネスにとって長期的な悪影響をもたらす可能性があります。
GAAP 基準に従うのは必須ではありませんが、従うことを強くお勧めします。報告やベンチマーキングが容易になることだけが理由ではありません。企業の財務面の健全性を分析するにあたって、ほとんどの投資家が GAAP 基準に準拠しているのです。
SaaS 会計の主要業績評価指標 (KPI) と計算書
GAAP 基準の下では、各会計期間に 3 種類の財務諸表を作成することが必須とされています。以下がその各書類です。
- 損益計算書: 売上と支出を示し、事業で利益を得ているか損失を出しているかを示します。
- 貸借対照表: 事業で負っている債務と、未回収の債権を、資産、負債、株主資本を通じて示します。
- キャッシュフロー計算書: 事業への資金の出入り状況を示します。また、損益計算書と貸借対照表を照合して、全体的な財務状況を示します。
財務諸表のほかに、SaaS 特有の重要会計指標 (KPI) もいくつかあり、これらは SaaS ビジネスの成長の状況と可能性を把握するための指針となります。
予約総額
この指標は、顧客が事業者にどれだけのお金を支出することを約束したか、すなわち将来の売上の伸びを示します。予約とは、まだ提供されていないサービスを表し、まだ売上として得られていないものであるため、貸借対照表上では繰延収益 (前受収益) として負債の部に計上します。前受収益に基づいて成長計画を立てたり投資したりするのは避けた方がよいので、この数字は控えめに見ておくようにしましょう。請求総額
顧客に請求書を発行できる支払い金であり、事業者に支払われるべき金額のことです。予約総額とほぼ同額になるはずであり、それよりも低くなる場合は、本来回収すべき金額を回収していないことを意味します。そのような事態を改善するには、顧客に前払いを求める、あるいはインセンティブを与えてでも前払いしてもらうようにするといった方法が考えられます。売上
事業者が顧客に対して義務を果たすかサービスを提供した後に得られる収入のことです。SaaS ビジネスでは、未収収益や未請求の収益を計上し、請求金額が支払われるまで売掛金として取り扱い、貸借対照表では流動資産に分類します。たとえば、事業者が提供するサービスの料金が月額 100 ドルで、6 月 1 日に顧客が年間 1,200 ドルのサブスクリプションプランを契約したとします。その場合、顧客に 1,200 ドル全額を請求していたとしても、6 月の売上は 100 ドルにしかなりません。未収収益が高い場合は、顧客が期限までに支払っていないことを示唆している可能性があり、キャッシュフローが悪化しかねないので注意するようにしましょう。解約率
製品の利用を一定期間内に取りやめた顧客の割合は、解約率と呼ばれています。解約率は、顧客満足度と顧客維持率、およびマーケティングや顧客サービスがどの程度の成果を上げているかを把握するための鍵となります。月間経常収益 (MRR) と年間経常収益 (ARR)
MRR は、サブスクリプションプランに関係なく毎月得られる収益の合計を表し、ARR は、12 カ月以上のサブスクリプションから得られる収益の合計を表します。これらの指標は、ビジネスの成長の勢いを把握し、得られた収益をどのように投資していけばよいのかについてのインサイトを得るのに役立ちます。
SaaS 会計の課題
SaaS ビジネスでは、その会計に特有の困難や課題に直面し、その結果として、報告書の作成や提出に問題が生じたり、税務面などで金融規制を遵守できなくなるリスクが生じたりする可能性があります。こうした課題としては、たとえば以下のようなものが挙げられます。
売上税
SaaS ビジネスでは、多くの場合、相互に離れた場所にいる複数のチームによって、いくつもの管轄区域にまたがる事業運営が行われています。そして、それぞれの管轄区域で独自の売上税法が運用されています。どの地で事業を展開するのであっても、負担する必要のある売上税の額を判断する責任が事業者にはあります。経費管理
経費については、契約期間や、予想される顧客関係のタイムラインにわたって分散させる必要があります。また、どの経費を償却 (徐々に返済) し、どれを経費として直ちに認識すべきかを知っておく必要もあります。収益認識
SaaS ビジネスでは、収益を認識するタイミングを理解する必要があります。この点は非常によく問題となっています。なぜなら、SaaS の顧客は、提供を受けるサービスの「管理権を得る」ことがないため、事業者は通常の収益認識ルールを適用できないからです。この件の解決策について、以下で詳しくご説明します。
SaaS ビジネスの収益認識
SaaS 会計にとって鍵となる GAAP 原則の 1 つである収益認識とは、収益を認識し、財務諸表において会計処理する方法のことです。ある販売に関連する商品またはサービスが実現するか実現可能になるまで、事業者は収益を認識できません。このことは、継続的なサブスクリプションを販売することの多い SaaS 企業にとって、難しい問題となる可能性があります。このようなタイプの契約では、収益を柔軟に認識する必要があります。SaaS ビジネスの収益認識には、特定のマイルストーンと収益償却を取り入れる必要があるかもしれません。
とは言っても、SaaS ビジネスにとって重要なのは、あらゆる業界で適用されている収益認識基準である ASC 606 と IFRS 第 15 号に従って、経常収益を首尾一貫して認識することです。規制機関と会計基準委員会が、誇張され誤解を招くような収益認識を抑制するための複雑なガイドラインを定めています。SaaS 事業者には、顧客との契約を、これらの基準が定める要件とどのように整合させるか、対応にあたる責任があります。
ASC 606 と IFRS 第 15 号は、収益認識の会計処理のための柔軟なプロセスを定めたものであり、それまで曖昧で一貫性に欠けていた SaaS 会計の慣行を明確なものにすることに寄与しています。以下は、収益認識の 5 つのステップをそれぞれ簡単にまとめたものです。
1.契約の識別
顧客に製品またはサービスを提供するための相互に合意した契約書を締結するにあたって満たすべき基準を明示します。契約書に各当事者の義務と権利を明記します。
2. 履行義務の明記
契約書に、全当事者の権利と履行義務とともに、提供されるすべてのサービス、成果物、およびそれらの期間または期限の概要を示します。個々の製品やサービスについて、個別に説明する必要があります。
3. 価格の明示
サブスクリプションサービス、スタンドアロン、割引料金など、価格決定に関連するあらゆる考慮事項を記載します。
4. 価格の配分
契約書に定めるすべての履行義務に価格 (変動額を含む) がどのように割り当てられるかを説明します。通常これは小額に分割され、多くの場合、30 日ごとです。
5. 履行義務の充足に伴う収益の計上
顧客が製品またはサービスからメリットを享受するにつれて、収益を認識します。
SaaS ビジネスが定期的に対処する典型的なサブスクリプションの変更、アップグレード、ダウングレード、クレジット、解約などによって、これらのガイドラインでは扱われていない複雑な状況や契約のバリエーションが引き起こされることも多々ありますが、上記は重要な出発点となります。
さらに良いことに、こうした課題に対処する上で SaaS 会計ソフトウェアを活用することもできるのです。Stripe のようなソリューションは、請求、決済、税務、売上を単一のシステム内で一括管理できるので、ASC 606 と IFRS 第 15 号への準拠を確実に行えます。80% 以上という実に多くの SaaS ビジネスが、これらのプロセスを容易にするクラウド会計プラットフォームから得られるメリットを享受しています。詳しくは、Stripe の収益認識ガイドをご覧ください。
この記事の内容は、一般的な情報および教育のみを目的としており、法律上または税務上のアドバイスとして解釈されるべきではありません。Stripe は、記事内の情報の正確性、完全性、妥当性、または最新性を保証または請け合うものではありません。特定の状況については、管轄区域で活動する資格のある有能な弁護士または会計士に助言を求める必要があります。